熱中症のニュースが続いています。本当に暑いですね。
遮光簾を事務所に下げていますが、効果はもうひとつ。いや、猛暑の極みだから仕方ないですね。猛暑が続きますが、夏は研修会・大会の季節でもあります。
7月30日は午後から有楽町の監査法人事務所で開催された国際公会計学会の研究特別委員会に出席、今後の研究テーマを検討。東京都の発生主義導入後の効果や監査等について市民の目線で検証する方向が見えてきました。会終了後、同日と8月1日と開催されている「市民と議会条例づくり2011」に途中からですが、翌朝9時半からの会に参加するため京都に向かいました。
京都では
会場の龍谷大学キャンパスには、石巻市でのボランティア活動の報告が展示されていました。本当に全国各地から復興に向けた支援の輪が広がっている事を
ここでも感じました。
全議会に行われた議会改革実態調査2011については、自治体学会編集部会でご一緒している跡見学園女子大学の長野さんからの報告(回収率はなんと94%とか)。この4年間の総括を、私が副幹事をしている自治体学会議員研究ネットワークの総会で基調講演を8月18日に予定している自治体議会改革フォーラム代表の法政大学の広瀬さんからありました。
その後、分科会に分かれましたが、私は第2分科会の「総合計画とどう付き合うか」に参加しました。
私は現在25年度からスタートする調布市総合計画の策定をずっと傍聴しています。自治法の改正で基本構想の策定と議決に関する義務が廃止された今、調布市議会として、地域の最上位計画にどのように関わっていくか模索していましたので、奈良市、京丹後市、飯田市、栗山町という先進市の事例が同時に学べるまたとないタイムリーな企画だったので是非参加したかった分科会です。
3市1町は議会改革でもトップランナーです。すでに総合計画に関する条例にも着手、或いは行政評価をおこなったり他の計画も議決事項に入っているなどトップランナーの足取りの確かさを知りました。
議会改革がやっと緒に就いた我が議会からすれば、自治を踏まえた議会ならではの悩みを聴くにつけ、この学びを議会でどのように活かしていくのか、、。まずは議会とは何をする所なのか、という基本に立って、議員同士がここを再認識する所から始めないと個々議員の議会改革への認識がずれていってしまうのではと改めて強く感じました。市民代表機関としてどうあるべきか、ここからスタートしなければなりません。市民のための議会改革を実現するためにも頑張らねば。
八王子市
8月4日には八王子市のオリンパスホールで開催された東京都河川促進大会に出席しました。これは都内全域の区市議会が参集し、水害等のための河川改修・治水対策への財源の確保を都・国に求めるため、各地の意見発表も含め毎年行われる大会です。議員は会メンバーでもある訳です。
最近のゲリラ豪雨の増加など市内入間川の氾濫を経験した事もあり、河川改修の必要性は実感していますが、こういった大会で要求しないと適正な予算が確保されないものか、他に良い方法はないものか再考する点もあるのではと考えながらの参加となりました。
そして深大寺
8月7日は午前中は、以前から鑑賞したいと思っていた「ミツバチの羽音と地球の回転」をたづくり映像シアターで鑑賞しました。長く原発建設反対を主張してきた祝島の方々の長い歴史を知り、その声の重さが福島原発事故を経験した今、重く迫ってきました。今も原発を通して地域の活性化を信じて推進をしている人々の存在、反原発の声が大きくなる中で一方では福島関連のものに対する風評被害の大きさ等、これから私達が向かい合っていく持続可能な地域社会を創っていくためにクリアしなければならない課題が山積しています。私達がこれから選択すべき社会はどんな社会なのか、命を預かる仕事をしている市民代表の一人として、様々に学びながらこどもたちに残すべき社会のあり方についてしっかり考えていかなければと強く自覚した日でもありました。
それにしても、北欧を何回か訪れましたが、エネルギーの自由化が社会の選択肢を広げている事実を知ることができました。まずエネルギーの供給を一社独占を見直しながら、早く代替エネルギーの開発を急がなければなりません。今夏、熱中症の方が増えている時ですが、私達はエネルギーの確保も含めてどんな暮らし方を良しとするのか、一人一人が自分の問題として考え答えを導き出していく市民の力が問われて来る時代になってきました。段々に長いコメントになってしまいました。上映を企画してくれた友人達に感謝です。
様々な思いを胸に、午後からは同様に多くの友人がボランティアスタッフとして係わっている恒例の深大寺夕涼みの会に浴衣で出かけようと、着替えている最中に雷が聞こえ、勢いよく雨が降ってきました。暫く待っていると、埼玉の知人から電話が入り、会場に居るけれど、どこにいるのとの問い合わせがあり、雨も止んだので慌てて出かけました。
3時近くまでは賑やかだったようですが、すっかり人通りも少なくなってしまったようで私が着いた頃には、のんびりした風情のある深大寺でした。さすがに浴衣を着た人も多く、この点は定着してきたようです。いつも楽しみにしているジャズコンサートも、雨が少し残るなか短めでしたが素敵な時間を過ごせました。皆で福島の人を思い、一緒に唄った「上を向いて歩こう」は本当に涙がこぼれそうでした。長い長い夏の一日でした。
明日は長野へ
明日、13日は80歳を越えた両親が待つ長野県小海町の実家に帰省します。
26年前に子どもが1.3歳と小さかった時期でもありお盆前に帰省していました。亡き義兄が血相を変えて、飛行機が墜落したらしいと飛び込んできた時、「どうしてこんな山奥にジャンボ機が」と最初は半信半疑でした。これが御巣鷹山の日航機墜落の瞬間でした。まもなく上野村へ救助に向かう自衛隊が小海町の公民館を拠点にした事もあって婦人会の役員だった母が頑張ってもらっている自衛隊員の方々へ炊き出しをして支えようと提案した事から、手が真っ赤になるほどおにぎりづくりを手伝った事を鮮明に思い出します。あのころ毎日、悲惨な現場の話等も沢山聴きました。
母はあれから、天ぷら等を作ったりしながら現場にお参りに行った事もあったようですが、近年は体調も悪く険しい場所なので足下がおぼつかなくなってきたので最近は行かなくなったようですが、私にとってもこの12日は忘れることのできない悲しい日として毎年、手を合わせ多くの犠牲者の方の冥福を祈る日になりました。
深大寺で唄った上を向いて歩こうの歌手の坂本九さんも悲しい犠牲者のお一人でした。
2011年8月12日金曜日
2011年7月27日水曜日
深大寺の夏1.2.3...
その1
夏本番です。夏の風物詩、盆踊り大会が深大寺周辺で次々に開催されています。7月22.23日は北ノ台小学校、深大寺では昨日と今日27日が盆踊り大会です。私は22日には北ノ台小学校に。26日は深大寺に、昨夜は事務所での仕事を早く終えたので一年ぶりに浴衣を着て出かけました。
会場には例年、お盆を迎えるに当たって祭壇が整えられますが、今年は東日本大震災でお亡くなりになった方のお位牌も中央に祭られ、会開催に当たって僧侶の方々による法要もあったとお聞きしました。私も、お参りさせて頂きました。
深大寺の盆踊りは地域を支える若い皆さんが太鼓を叩いたり踊ったりと、盆踊りが地域が大切にしてきた行事だな、ということがよく分かります。深大寺街づくり協議会でご一緒しているメンバーの方もいらっしゃいましたが、美しく踊る姿にビックリ。ここでも地域がずっと大事に育ててきた歴史を感じました。
今回は初めて、最後に櫓の上で踊りました。今日も晴れると良いのですが、、。
会場に設置された祭壇 踊りの輪の中で
会場内に設けられた祭壇 踊りの輪の中で
大好きな綿菓子をを買いました。 天然の鯛焼き?と書かれている鯛焼きを購入 昭和に作られた鯛焼き器とか
大好きな綿菓子を購入 天然の鯛焼き?を購入 昭和に作られた鯛焼き器とか
その2
深大寺がほおずき祭りで賑わう7月18日に開催された一味会主催の新蕎麦の会に元気派の仲間と共に参加しました。
一味会はご住職が深大寺に係わる方がたと共に、25年間深大寺に蕎麦畑を開墾し蕎麦を作ってきましたが、今回は25年という節目の年、記念行事として東日本大震災のチャリティを兼ねて催されました。
今回は、九州豊後高田の夏蕎麦と埼玉三芳の夏蕎麦、そして遠くオセアニアのタスマニア産秋蕎麦も味わう事ができました。それぞれに味わい深く、蕎麦が生産地によって味わいがこんなにも違うものかと驚きました。食後には本堂をお参りし、手作りの蕎麦粉の入ったお菓子も食し心豊かな時間を過ごす事ができました。 蕎麦粉の写真が小さくてすみません。
その3として、23日には武蔵境通りの草むしり、深大グリーンクラブのメンバーと朝8時から頑張りました。勢いの乗って、負けず生い茂っている我が家の庭の草取りも頑張って大汗をかいた日曜日でした。 今日は文化会館たづくりで総合計画を傍聴しますので、盆踊りには行きません。お時間がありましたら、深大寺の盆踊りに。関心のある方は総合計画の傍聴にお越しください。
夏本番です。夏の風物詩、盆踊り大会が深大寺周辺で次々に開催されています。7月22.23日は北ノ台小学校、深大寺では昨日と今日27日が盆踊り大会です。私は22日には北ノ台小学校に。26日は深大寺に、昨夜は事務所での仕事を早く終えたので一年ぶりに浴衣を着て出かけました。
会場には例年、お盆を迎えるに当たって祭壇が整えられますが、今年は東日本大震災でお亡くなりになった方のお位牌も中央に祭られ、会開催に当たって僧侶の方々による法要もあったとお聞きしました。私も、お参りさせて頂きました。
深大寺の盆踊りは地域を支える若い皆さんが太鼓を叩いたり踊ったりと、盆踊りが地域が大切にしてきた行事だな、ということがよく分かります。深大寺街づくり協議会でご一緒しているメンバーの方もいらっしゃいましたが、美しく踊る姿にビックリ。ここでも地域がずっと大事に育ててきた歴史を感じました。
今回は初めて、最後に櫓の上で踊りました。今日も晴れると良いのですが、、。
会場に設置された祭壇 踊りの輪の中で
会場内に設けられた祭壇 踊りの輪の中で
大好きな綿菓子をを買いました。 天然の鯛焼き?と書かれている鯛焼きを購入 昭和に作られた鯛焼き器とか
大好きな綿菓子を購入 天然の鯛焼き?を購入 昭和に作られた鯛焼き器とか
その2
深大寺がほおずき祭りで賑わう7月18日に開催された一味会主催の新蕎麦の会に元気派の仲間と共に参加しました。
一味会はご住職が深大寺に係わる方がたと共に、25年間深大寺に蕎麦畑を開墾し蕎麦を作ってきましたが、今回は25年という節目の年、記念行事として東日本大震災のチャリティを兼ねて催されました。
今回は、九州豊後高田の夏蕎麦と埼玉三芳の夏蕎麦、そして遠くオセアニアのタスマニア産秋蕎麦も味わう事ができました。それぞれに味わい深く、蕎麦が生産地によって味わいがこんなにも違うものかと驚きました。食後には本堂をお参りし、手作りの蕎麦粉の入ったお菓子も食し心豊かな時間を過ごす事ができました。 蕎麦粉の写真が小さくてすみません。
その3として、23日には武蔵境通りの草むしり、深大グリーンクラブのメンバーと朝8時から頑張りました。勢いの乗って、負けず生い茂っている我が家の庭の草取りも頑張って大汗をかいた日曜日でした。 今日は文化会館たづくりで総合計画を傍聴しますので、盆踊りには行きません。お時間がありましたら、深大寺の盆踊りに。関心のある方は総合計画の傍聴にお越しください。
2011年7月23日土曜日
都市部での事業墓地建設問題
6月議会で都市部における墓地建設問題について質問しましたが、実際にお寺さんとの交渉に何回か共に臨んできましたが、墓地建設用地に隣接する住民の方の心労は計り知れないものがあります。今日も午後から深大寺北町と三鷹市野崎の市境に800基もの墓地が建設予定になっています。今回が交渉の最終段階でした。お寺側には専門の弁護士が付いての交渉です。住民側は専門知識があるわけではありませんので、なかなかに厳しいやりとりが続きました。
最終的には住宅地側に手を合わせてお参りするようになっていた配置が変更したり境のフェンスを高くすることや、24時間機械警備する事、お線香については無臭無煙を推奨すること、毎年協定した事が遵守されたのか確認する等の項目が交渉によって追加されました。本当に中心になって交渉された住民の皆さんの努力に頭が下がると同時に、現在の都条例は住民の住環境を守りきれない内容だという現実に関係住民の皆さんと共に持って行きようのないやるせなさを感じました。
現在の都の条例では、住宅地に突然開発される墓地に対して近隣住民へ十分な緑地や駐車場の配置等を求める内容になっていません。
いずれ許認可権が市におりてくる事が予想されます。今後も起こりうる問題として、早期に条例改正すると同時に将来に備えて都市型の墓地のあり方についても行政が十分に検証して地域が目指すまちづくりが損なわれないよう努力することを今後も求めていきたいと思います。
会報発送作業終了!
昨日、会報発送作業を終えて郵便局へ、そして手配りしてくれる元気派メンバーのお宅に届けに行ける段階になりました。協力頂いている多くのメンバーに感謝です。
私は市議だより運営委員会に出席のため役所に行きました。運営委員会には新しく当選された方も加わり、活発な意見交換になりました。市民目線で、という発言が新鮮でした。ただ一般質問は議員が確認するなどの作業がありますが、大枠は議会事務局がまとめた案に意見を述べるだけの現状から、なかなか踏み出すのは難しいです。今回はできる所から各委員が担当しては、というこれまで私が提案してきた点も含め、次回検討する事になりました。半歩でも前に進むと良いのですが、、、。
7月20日は東日本大震災被災地派遣職員支援活動報告会がありました。
調布市では市として遠野市に4グループ28名の職員を派遣、遠野市社会福祉協議会が運営するボランティアセンターに登録し、被災地の掃除、廃棄物処理活動等、救援物資の搬送業務に。また、東京都市長会の要請に基づき、釜石市、大槌町、南三陸町、二本松市、仙台市に避難所運営業務、生活再建支援関連事務、内部事務等々も派遣、その他の派遣として仙台市には被災宅地危険度判定業務に専門職を派遣に従事した職員から、実際に体験した生の現地の様子を聞くことができました。
実際に従事して情報提供、伝達の難しさや地区内の復旧の格差を感じたという。また小さな避難所で業務をされた職員からは40畳の場所に今は22名だが、多いときには80人がいたとの話しもあり、長く避難場所にいる方の心的ストレスが高いことを心配する声もあった。また160名の避難所は食事は朝はごはんのみ、昼はカップラーメン、夜は仕出し弁当、この残りを次の朝のおかずにするなど果物や野菜不足が深刻だったという。スタッフとして係わった職員の生活スペースは体育館のステージ上で座布団を並べ毛布にくるまって休む状況との事で写真の紹介もありました。昼食は賞味期限の迫ったソーセージやカップ麺も多かったとか、本当に大変な状況での支援活動だった事がわかりました。口々に語られたのは、現場を見るにつけ、これからまだまだ復興には時間がかかる長く支援する必要性についてでした。
今後、東京都市長会の要請もあり公衆衛生活動にも派遣するようです。また中長期の派遣としては、市の枠として2名、短期で一ヶ月、長期では来年3月までとなるようです。 市でも行革を進める中、職員定数を減らしてきています。あっては困る事ではありますが、直下型地震等も想定される中で、私達のまちの安全、安心を考えると今の職員体制について今後は見直す必要があるのではないかと考えます。震災は私達自身の問題でもあります。派遣は当然のことですが、そうは言っても遠隔地への長期派遣は、これまでの市政では考えられない事です。どのような条件で職員を派遣するのか今後の課題になってくると思います。これらも含め、報告を聞きながら今後震災復興に向けて、市として対応しなければならない課題が多いことを再認識する報告会でもありました。
職員による被災地支援報告会 釜石市栗林小学校に派遣された職員の説明を聞く
被災地報告をする派遣された職員メンバー 釜石市栗林小に派遣された職員の説明を聞く
7月17日は愛のコンサートに
深大寺東町にあるスペースオブバイフォーで釜石出身の歌手の方を招いたコンサートが開かれました。 響貴永幸さんは釜石市出身の気仙沼育ちだそうです。現在は都中心に地方でも活動されているとか。
ここで唄われたオリジナル曲 命「みこと」そして、震災を曲にした瓦礫の街、二曲とも独特な声と唄い回しは美しく、心の奥底まで染み渡りました。特に瓦礫の街は、そこで生まれた響貴さんの心の叫びであり、私も訪れた多くの被災地が浮かび切なく、でも未来を見据えて行こうという詞に深い感動を覚えました。多くの方に聴いて頂きたいと思います。
今も釜石市に暮らすシャンソン歌手のSACHIさんは、被災を免れた地域に暮らしているとの事でしたが、唄の合間に震災直後に被災現場に行った時 多くの死体が横たわる中を歩き、親戚の方を探された状況等本当に考えられないような厳しい体験をされてきた事を語りながらも、多くの被災地に支援してくれた皆さんへ御礼に参りましたとの言葉に胸が一杯になりました。沢山の新聞や写真も回され、被害の実態が参加した一人一人の胸に、同じ国に暮らす人々が遭遇した厳しい現実が迫ってきました。
この会は元気派のつどいでも演奏して頂いたピアノ演奏家の村西さんとのご縁で開かれたとの事。入場無料の会でしたが、コンサートに見えた方は用意された義援金箱にそれぞれの気持ちをこめて寄付されていました。
私は、感動した響貴さんの2曲のCDを購入しました。各地でコンサートもされているようです。ご関心のある方は是非ホームページにアクセスしてください。
7月14日に京王線地下化の工事現場の視察がありました。
京王線地下化の工事は順調に進んでいると報告を受けていましたが、実際の状況は分かりませんでしたが、14日に開催された議会向けの現場見学会でようやく実際の工事の進捗状況がわかりました。現在、京王線が運行している下では着々と駅が完成しつつあります。
最終的には住宅地側に手を合わせてお参りするようになっていた配置が変更したり境のフェンスを高くすることや、24時間機械警備する事、お線香については無臭無煙を推奨すること、毎年協定した事が遵守されたのか確認する等の項目が交渉によって追加されました。本当に中心になって交渉された住民の皆さんの努力に頭が下がると同時に、現在の都条例は住民の住環境を守りきれない内容だという現実に関係住民の皆さんと共に持って行きようのないやるせなさを感じました。
現在の都の条例では、住宅地に突然開発される墓地に対して近隣住民へ十分な緑地や駐車場の配置等を求める内容になっていません。
いずれ許認可権が市におりてくる事が予想されます。今後も起こりうる問題として、早期に条例改正すると同時に将来に備えて都市型の墓地のあり方についても行政が十分に検証して地域が目指すまちづくりが損なわれないよう努力することを今後も求めていきたいと思います。
会報発送作業終了!
昨日、会報発送作業を終えて郵便局へ、そして手配りしてくれる元気派メンバーのお宅に届けに行ける段階になりました。協力頂いている多くのメンバーに感謝です。
私は市議だより運営委員会に出席のため役所に行きました。運営委員会には新しく当選された方も加わり、活発な意見交換になりました。市民目線で、という発言が新鮮でした。ただ一般質問は議員が確認するなどの作業がありますが、大枠は議会事務局がまとめた案に意見を述べるだけの現状から、なかなか踏み出すのは難しいです。今回はできる所から各委員が担当しては、というこれまで私が提案してきた点も含め、次回検討する事になりました。半歩でも前に進むと良いのですが、、、。
7月20日は東日本大震災被災地派遣職員支援活動報告会がありました。
調布市では市として遠野市に4グループ28名の職員を派遣、遠野市社会福祉協議会が運営するボランティアセンターに登録し、被災地の掃除、廃棄物処理活動等、救援物資の搬送業務に。また、東京都市長会の要請に基づき、釜石市、大槌町、南三陸町、二本松市、仙台市に避難所運営業務、生活再建支援関連事務、内部事務等々も派遣、その他の派遣として仙台市には被災宅地危険度判定業務に専門職を派遣に従事した職員から、実際に体験した生の現地の様子を聞くことができました。
実際に従事して情報提供、伝達の難しさや地区内の復旧の格差を感じたという。また小さな避難所で業務をされた職員からは40畳の場所に今は22名だが、多いときには80人がいたとの話しもあり、長く避難場所にいる方の心的ストレスが高いことを心配する声もあった。また160名の避難所は食事は朝はごはんのみ、昼はカップラーメン、夜は仕出し弁当、この残りを次の朝のおかずにするなど果物や野菜不足が深刻だったという。スタッフとして係わった職員の生活スペースは体育館のステージ上で座布団を並べ毛布にくるまって休む状況との事で写真の紹介もありました。昼食は賞味期限の迫ったソーセージやカップ麺も多かったとか、本当に大変な状況での支援活動だった事がわかりました。口々に語られたのは、現場を見るにつけ、これからまだまだ復興には時間がかかる長く支援する必要性についてでした。
今後、東京都市長会の要請もあり公衆衛生活動にも派遣するようです。また中長期の派遣としては、市の枠として2名、短期で一ヶ月、長期では来年3月までとなるようです。 市でも行革を進める中、職員定数を減らしてきています。あっては困る事ではありますが、直下型地震等も想定される中で、私達のまちの安全、安心を考えると今の職員体制について今後は見直す必要があるのではないかと考えます。震災は私達自身の問題でもあります。派遣は当然のことですが、そうは言っても遠隔地への長期派遣は、これまでの市政では考えられない事です。どのような条件で職員を派遣するのか今後の課題になってくると思います。これらも含め、報告を聞きながら今後震災復興に向けて、市として対応しなければならない課題が多いことを再認識する報告会でもありました。
職員による被災地支援報告会 釜石市栗林小学校に派遣された職員の説明を聞く
被災地報告をする派遣された職員メンバー 釜石市栗林小に派遣された職員の説明を聞く
7月17日は愛のコンサートに
深大寺東町にあるスペースオブバイフォーで釜石出身の歌手の方を招いたコンサートが開かれました。 響貴永幸さんは釜石市出身の気仙沼育ちだそうです。現在は都中心に地方でも活動されているとか。
ここで唄われたオリジナル曲 命「みこと」そして、震災を曲にした瓦礫の街、二曲とも独特な声と唄い回しは美しく、心の奥底まで染み渡りました。特に瓦礫の街は、そこで生まれた響貴さんの心の叫びであり、私も訪れた多くの被災地が浮かび切なく、でも未来を見据えて行こうという詞に深い感動を覚えました。多くの方に聴いて頂きたいと思います。
今も釜石市に暮らすシャンソン歌手のSACHIさんは、被災を免れた地域に暮らしているとの事でしたが、唄の合間に震災直後に被災現場に行った時 多くの死体が横たわる中を歩き、親戚の方を探された状況等本当に考えられないような厳しい体験をされてきた事を語りながらも、多くの被災地に支援してくれた皆さんへ御礼に参りましたとの言葉に胸が一杯になりました。沢山の新聞や写真も回され、被害の実態が参加した一人一人の胸に、同じ国に暮らす人々が遭遇した厳しい現実が迫ってきました。
この会は元気派のつどいでも演奏して頂いたピアノ演奏家の村西さんとのご縁で開かれたとの事。入場無料の会でしたが、コンサートに見えた方は用意された義援金箱にそれぞれの気持ちをこめて寄付されていました。
私は、感動した響貴さんの2曲のCDを購入しました。各地でコンサートもされているようです。ご関心のある方は是非ホームページにアクセスしてください。
7月14日に京王線地下化の工事現場の視察がありました。
京王線地下化の工事は順調に進んでいると報告を受けていましたが、実際の状況は分かりませんでしたが、14日に開催された議会向けの現場見学会でようやく実際の工事の進捗状況がわかりました。現在、京王線が運行している下では着々と駅が完成しつつあります。
登録:
投稿 (Atom)